出産後の孤独と不安〜私の実家編〜

子育て真っ最中
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ようこそ!子が産まれた私の成長アウトプットブログへ!

みなさんこんにちは。ズーです!

今は育休中で、ごろごろしながら赤ちゃんと戯れています。

アオ(長女)が生まれて1年半!

今回は私の産後の思い出を綴ってみようかなと思います。

暇つぶしの読み物になればなと思う今日この頃。(EXIT風〜卍)

私が妊婦の時は、とりあえず多くの経験談が知りたかったです。

どんな風なお産だったのかな?とか。

産後みんなどんな生活していたのかな?とか。

暇を持て余してるのは私だけ?とか。(←これまじ悩んだ。)

やたら調べた記憶があります。

せっかくだから発信してみようかなって思ったので、一つの体験談として面白いなって見てくれたら嬉しいです。

では、早速。

産後すぐの私の行動

実家に転がった理由

出産の時すんごいパタパタだっんです。

出産後すぐ旦那と2人で住んでいたアパートを退居しました。

理由としては、2つです。

・産後は実家にお世話になるから家賃代浮かそう。

・1Kの部屋だったので、大きい部屋に引っ越したい。

 

自分の実家に1ヶ月半おじさん(旦那)の実家に4ヶ月転がって生活していました。

4ヶ月旦那の実家に居たって言ったらみんな驚いてくれますね(笑)

いや、今考えてもすごいなって思います。

まず、自分の実家に1ヶ月半居たわけなんですが、理由はいたって普通。

初めての子育てで親に手伝ってもらおうと思ったからです。

退院後の私と赤ちゃんの行動

産後退院してから実家に直行したのですが・・・。

移動は自分の車で一人で行きました

これもみんなに言ったら驚ろいてくれます(笑)

もちろん、退院する時は誰も手伝ってくれませ・・・、

のはずでしたが、荷物を病室から車に運んでくれる為に友達が手伝いに来てくれたんです( ;  ; )

退院の手続きをしていたら、友達が目の前にいて「手伝いに。」って( ;  ; )

私には優しい友達がいた。

ちなみに、名前はなるごんです。

(介護から看護の道へ学校通ってるナイチンゲール。)

 

私は、家から色々持って来ていて、足りないよりは!と思っていたので荷物も多かったです・・・。

1人だと赤ちゃんを抱っこしながらは大変だったです。

友達はその後用事があるって帰りました。

車に荷物運んでくれるだけのために来てくれたとか・・・

本当、それだけで助かったんです!

いよいよ実家にGO!なんですが。

初めてのチャイルドシートはすごくドキドキでした。

新生児を乗っけるのはめっちゃ怖かったのを覚えています。

まず、付け方分かんなくてあたふた。

これであってる?って呟きながら装着。

一度練習はしたけど、本物の赤ちゃんがいると感覚って違うものですよ。

どうにかこうにか乗っけて、車走らせました。

泣いていないと「生きてる?」って不安になったり、ゆっくり走らないと急ブレーキ怖いってなったり。

(泣かないと怖いの、あるあるじゃないですか?笑)

心の中で「車に貼ってある“BABY IN CAR”ちゃんと見てよ!」って叫んでた。

いや、普通に叫んだ(笑)

ほんと私が泣きそうだったなぁ(笑)

これが私の不安な子育てスタートだったんです!

私の実家生活スタート

実家に戻る気持ちとしては、すごく不安で怖かったです

20歳の時からおじさんと同棲してるから、5年経ってまた家族と一緒に生活するのが辛いなって感じてきました。

辛いとうか、居づらいというか。

やっぱり、気を遣っちゃいますねぇ〜。

理由の一つとしては、周りの子供いる友達の話を聞いたりしたからかもしれません。

「お姉ちゃんなんかが実家に戻ってきて散らかして帰るから片付け大変!」みたいなそんな話。

私はそんな風になったらダメ!って強く思って気を張っていたんです。

「親しき中にも礼儀あり」

それだけは守らなきゃって自分を追い込みました。

だから、お母さんにこれからお世話になるからって生活費を払おうとしたら

「いらないよ」って言ってくれて。

緊張の糸がプチンって切れたように涙がでてきて止まらなかったです。

迷惑じゃないのか、居てもいいのか、邪魔になってないのか色んな不安を打ち明けました。

「大丈夫よ〜」って。

この時はすごく安心して、眠れました。

産後うつだ!これは!!

赤ちゃんの夜泣き

アオの夜泣きで、周りに迷惑かな?で悩むことはなかったです。

一応、実家は一軒家なので。

まぁ、自分の部屋があるわけじゃなくて、リビングを障子を仕切って眠るって感じでした。

そう・・・、仏壇の前で寝てました。

オジィ(仏壇の写真)と私とアオ3人で寝てたってとこですね。

家族のみんなはそれぞれの部屋があるから、そこも泣き声は聞こえなかったらしいです。

正直、もっともーーっと激しく夜泣きはするものだって思い込んでいた分、少しは楽に感じました。

だから、夜泣きはモンスターと寝るって思っているといいかもしれませんね(笑)

ちびモンスターと寝ると思えば気が楽。

そうは言っても本当に眠れる時間が大幅に短くなりました。

朝はだらだら寝たくても、私のところに仏壇があるもんだから、おばぁあウートートーしたいから7時には起きておかないとって布団畳んでましたね(笑)

お昼寝ができない私はちょっとキツかったな〜。

負のスパイラルの始まり

毎日感情が「負」にリセットされて行きました。

ご飯食べて幸せ〜

おもちに癒され〜

テレビおもしろ〜

っていう感情がどっかのタイミングで「負」にリセットされるんです。

私のおばぁも一緒に住んでたんだけどちょっとの言葉が気になり始めます

「うーまくーだね」「いっぱい泣くね」とか口うるさく感じました。

今思えば別にたいした言葉じゃないけどその時の私はすごく落ち込んだりしました。

邪魔って思ってる?うちの子おかしいのかな?

って被害妄想しちゃう事もありました。

耐えきれなっくて泣きながらお母さんに「おばぁがこんなって言う〜」ってチクった(笑)

おばあ自体も悪気はないんですけどね(^◇^;)

旦那との会うタイミング

そして日々の感情はイライラしたり、急に寂しくなったり、安心感が欲しくなったり、勝手に涙がでたりします。

喜怒哀楽がすごいです。

おじさんとは離れて生活する事になったからすんごく寂しかったですね。

一緒に私の実家に住んでたわけではなかったけど、プチ別居状態。

仕事が休みの時に来てくれた時が凄く落ち着いたんです。

休みの時に泊まりに来て、その時はアオと一緒に過ごして、少しドライブして、夕方にはバイバイして〜みたいな生活。

今冷静になってもしんどいぜコレ。

本当におじさん(旦那)は私の精神安定人なんです。

感情の波、喜怒哀楽が激しい私は、波も感情もないおじさんが大事(←失礼)

でもお互い今が耐えどきって思っていたから乗り越えられた〜。

なんでこんなに過酷な道を選択したのか謎です(笑)

最後に

出産してから退院して私の実家に戻るまでは、今思えば面白いことが起こっていたなって思います(笑)

1ヶ月半は本当にあっという間でした!

私はリビングで寝てるもんだから、親の話し声とか聞こえてさ。

いろいろ考えてくれてたんだなーとか。

父が、大泉逸郎って人の「孫」って言う歌を歌いながら意味不明に泣いていたりしてました。

おばぁにも聞かせながら、おばぁは手拍子したり・・・。

なんだこの家(^◇^;)

ちなみに産後うつはまだまだ続きます。

ぜひ楽しみにしてください(うつが楽しみな物好きはいないであろう・・・)

いよいよおじさんの実家に移動する事になります。

本当にいろんなドラマが沢山おきましたよ。

私の実家転々生活はとりあえず毎日のように涙が溢れでる1ヶ月の生活でした。

 

 

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